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Women's Respiratory Diseases Research Organization
特定非営利活動法人女性呼吸器疾患研究機構

女性肺がんの急増、女性と喫煙、女性肺がんと遺伝子・性ホルモン、女性肺がんとゲフィチニブ、女性肺がんと化学療法・緩和ケアそして女性肺がんとCT検診などについて解説します。

 

特定非営利活動法人 女性呼吸器疾患研究機構
宮元 秀昭

女性肺がんの急増:

わが国の平均寿命は大幅な伸びを示していますが、疾患感受性や老化の程度における男女の違いなど性差の存在を示唆しています。このことは人々の健康、健康の維持を考えるときに男性と女性を区別して考える必要性を示しています。とくに肺がんでは、アメリカでは男女ともに肺がんが第1位であり、女性では2006年の肺がんによる死亡は73,020人と推定され、第2位の乳がんと第3位の結腸がんの合計死亡数より多く、男性の90,470人に近い数まで増加しています。しかも男性で肺がんは減っていますが、女性で増えています。日本では男性のがんによる死亡原因の第1位であるのに対して女性では2位ですが、男性と比較し女性肺がんは確実に増加していて、女性肺がんの増加が日本人全体の肺がん増加の最も大きな要因となっています。女性肺がんの予後は男性よりも良好とされていますが、その理由のうち問題は、女性肺がんの発症年齢が若いことと、多くが非喫煙者であることです。すなわち重要なことは若い女性に肺がんが発症するということ、喫煙者の肺がんは予後が悪いということです。

女性と喫煙:

肺がんとタバコの関係は明らかですが、喫煙女性は喫煙男性に比べタバコ由来の発がん物質の影響を受けやすく、Rischらが男性喫煙者の約3倍も肺がんになりやすいと報告しているにもかかわらず、喫煙女性が増加しています。Henschkeらは、喫煙者の肺がんリスクとその死亡率の男女間比較を行った結果、女性は男性より肺癌になりやすいが、死亡率は女性の方が低いとの研究結果を2006年のJAMAに発表しました。女性は男性よりも少ない喫煙量で肺がんを発症しており、女性肺がん患者の方が平均年齢が若いことも事実です。わが国では20~30歳代の若年女性の喫煙率の上昇が問題となっています。タバコにはベンゾパイエン、NNKなどの発がん性物質があり、発がん物質に反応するある種の酵素活性や、発がん物質がDNAに直接作用して形成するDNA付加体の形成は女性に高いことや、DNA修復能は女性に低いことがわかってきました。一度喫煙を開始すると女性の方がやめにくいという報告もあります。さらにタバコを吸わない女性肺がんも増加しています。そのうちの一因である女性の受動喫煙ですが、発がん物質の多くは、タバコを吸った煙(主流煙)よりも、タバコをはいた煙(副流煙)に多く含まれています。喫煙男性の妻の肺がん死亡率は、非喫煙男性の妻より明らかに高く、夫の喫煙量とともに高くなることが知られています。Kurahashiらは、40~69歳のタバコを吸わない日本女性で、夫からの受動喫煙によりタバコを吸わない妻が肺がんに罹るリスクは約30%高いと報告しています。これらのデータは肺がんの中でタバコと関係が強い扁平上皮がんや小細胞がんではなく、近年増加している女性に多い腺がんに特異的であることは注目すべき点であります。

女性肺がんと遺伝子・性ホルモン:

タバコや大気汚染などと全く関係のない女性肺がんも増加しており、その原因として肺がん発症関連遺伝子の発現が女性に有意に高いことが挙げられます。性を決定する遺伝子であるXXとXYの性染色体と、性ホルモンに関連した遺伝子の多く存在する常染色体とのバランスによって性差が形成されますが、性染色体では進化の過程で発達したX染色体が重要です。このX染色体に存在し、がん増殖に関係するGRPR(gastrin releasing peptide receptor)という物質の発現が女性、とくに女性の非喫煙者や少量喫煙者で有意に高まっているというShriverらの報告に私たちは注目しています。さらにエストロゲン受容体などのホルモン受容体の数や親和性には性差があることがわかっており、エストロゲンレセプターの発現の差などが肺がんの性差に関係しているのではないかといわれています。閉経が早い女性では肺腺がんの発症が少ないが、逆にエストロゲン補充療法を受けている女性では肺腺がんの発症が多いことが知られています。Taioliらは、エストロゲン補充療法を受けている喫煙女性は、非喫煙女性の32倍、肺腺がんが発症していたと報告しています。

女性肺がんとゲフィチニブ

肺がんの遺伝子解析ではEGFR(epidermal growth factor receptor)という物質が過剰に発現しており、このEGFRに遺伝子増幅や遺伝子変異、構造変化が起きると、発がんおよびがんの増殖、浸潤、転移などに関与するようになります。このEGFRをtargetとした分子標的治療薬ゲフィニチブ(商品名;イレッサ)が肺がん治療薬の一つとして広く臨床に使われていますが、このゲフィニチブは、?日本人、?女性、?非喫煙者、?腺がんという4つの要素を満たす患者に奏功する(有効率50%以上)ことがわかっています。さらに副作用として重篤な肺毒性(間質性肺炎など)の発現率は1%以下であるという報告もされています。またLynchらによって、これらの条件を満たす患者にEGRF遺伝子変異が多く認められることもわかってきました。
女性肺がんと化学療法・緩和ケア:
抗がん剤投与時の嘔気・嘔吐に関し、シスプラチンという抗がん剤投与時の消化器副作用として、大関らは嘔吐が男性37%、女性54%、嘔吐回数5回以上が男性8%、女性21%、嘔気持続8日以上が男性31%、女性54%、食欲不振持続8日以上が男性48%、女性88%、21日以上が男性6%、女性25%であったと報告しているように、一般に消化器症状は女性に出現しやすい副作用です。また緩和ケアにおいて、Selaらの報告によれば、がん性疼痛自体に性差は認められませんが、欲求不満、怒り、恐れ、疲労感、孤独感、絶望感など緩和ケアで問題となる症状には性差があります。さらに、麻薬であるオピオイド鎮痛薬の用量固定期間は女性の方が有意に長く、体重減少は少ないという報告もあります。

女性肺がんとCT検診:

アメリカにおいて、40歳以上の喫煙者に対するCTによる肺がんスクリーニング検査では女性の2%、男性の1.2%に肺がんが検出されました。またわが国では、胸部単純X線検査で写らず、CT、とくに高分解能CTで、まるですりガラスのような淡い陰影として写る肺がんの報告が急増していて、私たちの調査ではとくにその割合が女性に多いという結果でした。CT上のこのような特徴的な陰影を私たちはGGA(Ground glass attenuation)とか、GGO(Ground glass opacity)とか呼んでいます。Attenuationとは希薄化、opacityとは不透明、曖昧といった意味です。このような画像を呈する肺腫瘍のほとんどは病理組織学的に異型腺腫様過形成(atypical adenomatous hyperplasia, AAH)、または限局性細気管支肺胞上皮癌(bronchiole-alveolar cell carcinoma, BAC)と診断され、それぞれ前がん病変(preneoplastic lesion)、肺野型高分化型腺癌の早期像(Non-invasive adenocarcinoma)という立場から研究されています。いずれにせよこのようにして発見される肺がんは予後も良好で、最近では縮小手術の対象となっています。 縮小手術といっても疼痛を伴い、全身麻酔のリスクや医療事故発生の報告がありますので、最近私たちは入院しないで切らずに治す「陽子線治療」に注目しています。さらに私たちは、女性肺がんの撲滅には、喫煙の有無にかかわらず、40歳を過ぎたら1度は高分解能CTによる「肺ドック」を受けることを推奨しています。


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