女性と子供に被害を与える受動喫煙(副流煙)
NPO法人女性呼吸器疾患研究機構 理事長
宮元 秀昭
肺がんはがん死因の1位で、国内では年間約7万6000人が死亡しています。他人のタバコの煙を吸い込む受動喫煙は肺がんの発症リスクになることが分かっていますが、この受動喫煙が女性にとっていかに危険なものであるかについて、われわれNPO法人は設立当初から積極的に啓発してきました。さらに、妊娠中の女性自身の喫煙だけでなく、受動喫煙も胎児の発育遅延や低体重児の出生につながることや、乳幼児の受動喫煙では乳幼児突然死症候群や喘息のリスクが高まることも指摘してきました。子供は体が小さいので体重当たりの有害成分量が多くなるために、影響が大きいのです。
健康増進法や都の条例等によって、多くの人が利用する施設の屋内では喫煙所以外での喫煙が禁止されていますが、プライベートな空間では法律や条例の規制の範囲外です。自宅で子供のいないところで吸ってもドアの隙間からも入ってきますし、喫煙者の呼気からタバコ煙を長時間吐き続けますし、髪の毛や衣服やカーテンや壁紙に染みたタバコ煙(サードハンドスモーク=残留受動喫煙)からの暴露もあります。最近は加熱式たばこに変える喫煙者が増えてきましたが、においやけむりが出にくいだけで、紙巻きタバコに匹敵する有害成分が指摘されています。また、本人が吸う「主流煙」より、火をつけたタバコの先端から立ち上る「副流煙」はニコチン、タール、一酸化炭素等の有害物質の含有量が多く含まれていて、主流煙よりもリスクが高いことが報告されています。主流煙はフィルターを通して吸いますが、副流煙は直接吸い込むこと、また、主流煙は空気を吸い込むことで燃焼温度が高くなりますが、副流煙は燃焼温度が低いことなどが、副流煙の方に有害物質が多い理由として考えられています。
受動喫煙に起因する年間死亡数は世界で60万人とされています。日本でも、受動喫煙により年間に15,000人が、肺がん、虚血性心疾患、脳卒中に罹患し死亡していると推計されています。受動喫煙がもたらす健康被害として、がん、虚血性心疾患や脳卒中などの循環器疾患、急性呼吸器疾患、慢性呼吸器疾患、最初に述べた母子への影響などがあります。受動喫煙による健康被害はさらに深刻であることが、最近のさまざまな研究で浮き彫りになっています。
受動喫煙は子供、孫、さらに将来の世代の健康リスクをも高めます。オーストラリアのメルボルン大学による研究によると、父親が子供の頃に受動喫煙にさらされ、自分自身も成人してから喫煙し続けた場合、生まれた子供の喘息の発症リスクは72%高くなると報告しています。受動喫煙にさらされていた子供が成長して大人になったときに、生まれてくる子供はアレルギーや肺疾患などを発症するリスクも高くなるという報告もあります。また、受動喫煙を受けた子供の喫煙率が高いという報告もありますが、子供の頃に受動喫煙にさらされていた男性でも、ご自身がタバコを吸わなければ、自分の子供に健康リスクが引き継がれるのを回避できる可能性があります。
米国のバージニア コモンウェルス大学による研究では、妊娠中の女性の受動喫煙は、生まれてくる赤ちゃんの遺伝子に悪影響をもたらし、成長してからのストレスや栄養、肥満や生活習慣病にも影響する可能性を示しました。さらに、妊娠している女性のほぼ4分の1は、自宅・職場・友人や親戚との会話などで、受動喫煙を経験したことがあり、妊娠中の受動喫煙は、それが低レベルのものであっても影響があることを明らかにしました。知らないうちにタバコの煙にさらされることで、生まれてくる赤ちゃんの健康に影響する可能性があります。
受動喫煙の影響を初めて指摘したのは国立がんセンターの研究者でした。非喫煙者の女性で、夫が1日20本以上吸っている喫煙者と非喫煙者の場合で肺がんになるリスクが約2倍になるという研究結果を報告しました。この報告に対し、タバコ業界の激しい抵抗がありましたが、その後の多くの疫学研究で、受動喫煙が肺がんの要因になることは間違いないとされました。受動喫煙が肺がんの発症リスクになることは分かっていましたが、発がんの仕組みは不明でした。例えば発がん性物質の一種であるベンゾピレンと呼ばれる物質がDNAに作用し、DNA中のC(シトシン)がA(アデニン)に変異してしまいます。この「タバコ型変異」によりがんが発症します。一方、受動喫煙については肺がん発症のリスクとなっていることは認知されていたものの、発症に至る仕組みは分かっていませんでした。しかし、国立がん研究センターなどの研究グループは2024年4月16日、ついに受動喫煙が肺がんを引き起こす仕組みを明らかにしたと発表しました。さらに、女性の肺がん患者で受動喫煙の経験がある非喫煙者は、そうでない非喫煙者に比べ、より多くの肺がんに関係する遺伝子変異が蓄積していることが判明しました。
以下は、われわれNPOが作成した国立がん研究センターが発表した内容の要約です。参考にしてください。
1.受動喫煙による肺がんは、喫煙者と異なるがんに関係する遺伝子変異を誘発している
国立がん研究センターなどの研究チームは、受動喫煙が肺がんを引き起こす仕組みの一端を明らかにしたと発表した。喫煙者の肺がんとは異なる遺伝子変異を誘発し、良性腫瘍のがん化などを促していると考えられるという。同センター中央病院で肺がん手術を受けた女性413人が提供したがん細胞の遺伝情報を解析。喫煙女性と、継続的な受動喫煙の経験がある女性、ない女性の3グループに分けて比較した。
その結果、受動喫煙の経験がある人では、良性腫瘍をがん化させたり、がんの悪性度を増したりしているとされる「APOBEC(アポベック)」というタイプの遺伝子変異が多くみられた。一方で、喫煙者の肺がんでよくみられる「タバコ型変異」というタイプの遺伝子変異は少なかった。
2.受動喫煙による肺がん発症の仕組みを解明
国立がん研究センターなどの研究グループは、受動喫煙が肺がんを引き起こすメカニズムを明らかにしたと発表した。さらに、女性の肺がん患者で受動喫煙の経験がある非喫煙者は、そうでない非喫煙者に比べ、より多くの遺伝子変異が蓄積していることが分かったと発表した。受動喫煙で肺の中に炎症が起きることで、特定の酵素が活性化し、喫煙者とは異なるタイプの変異が誘発され、初期の腫瘍細胞を悪性化させるという。
研究の結果、受動喫煙では、「APOBEC型変異」という、喫煙者のタバコ型変異とは異なる部分のDNAが変異することが分かった。「APOBEC型変異」は受動喫煙の肺がん発症の原因と推察される。具体的にはDNA中のC(シトシン)がT(チミン)もしくはG(グアニン)に変わる。この変異はタバコに含まれる物質による肺の中の炎症で、APOBECタンパク質が活性化することで誘発される。「APOBEC型変異」により初期の腫瘍細胞ががん化するのを促進し肺がんが起きるというメカニズムが考えられる。
解析の結果、「APOBEC型変異」は、受動喫煙があるタバコを吸わない女性に突出して発現していた。この変異は喫煙女性にはほぼ見られなかった。また、喫煙女性に見られる「タバコ型変異」は、受動喫煙の有無を問わず、喫煙しない女性患者にはほとんど見られなかった。
われわれNPO法人は、女性の健康のみならず、子供、孫、さらに将来の世代の健康を守るために、インターネットやクリニックの禁煙外来などを通じて、完全禁煙の普及を積極的に行っています。皆様のご自覚とご協力をお願い致します。