呼吸器外科と女性呼吸器疾患治療の将来像
NPO法人女性呼吸器疾患研究機構理事長
宮元 秀昭
今は亡き私の二人の恩師と仲間の思い出を振り返り、私が歩んできた医師としての経験をもとに、私が専門にしています呼吸器外科と、女性呼吸器疾患の治療の将来について考えてみたいと思います。
私は大学卒業後「三井記念病院」の外科レジデントとして卒後教育を受け、その後、呉屋朝幸先生のご紹介で、1987年に「国立がんセンター」の内視鏡部に所属しながら外科研修を受けました。そのときにお世話になった恩師が故成毛韶夫先生でした。国立がんセンターで「肺がん」の基礎から臨床までを学び、成毛先生に「悪いものは全部取り去る」という外科精神を叩き込まれました。終了後、三井記念病院に戻り、もう1人の恩師の故羽田圓城先生の下で肺がんの拡大手術、とくにリンパ節転移の撲滅を目的とする「両側拡大縦隔リンパ節郭清術」を学びました。それを契機に、研究と教育を目指し、1997年に「順天堂大学胸部外科学教室」に入局し、肺がんの転移リンパ流路とリンパ節郭清に関する論文で学位を取得し、助教授に就任しました。その後呼吸器外科学講座が新設され、羽田先生を客員教授としてお招きしました。その当時、成毛先生は低侵襲の肺がん胸腔鏡手術の普及にご尽力されており、成毛先生のご指導の下に、私も胸腔鏡手術にチャレンジしました。結局私はお二人の恩師の下、拡大手術と低侵襲手術の狭間で翻弄されることになりました。残念ながら私の「両側拡大縦隔リンパ節郭清術」の成績は羽田先生の成績に及ばず、羽田先生の後継者にはなれませんでした。
その後、女性特有あるいは女性に多く発生する呼吸器疾患、月経随伴性気胸・リンパ脈管筋腫症・非結核性抗酸菌症・女性肺がんなどの大学での臨床経験をきっかけに、2008年に順天堂大学助教授仲間の産婦人科故武内裕之先生、呼吸器内科瀬山邦明先生、獨協医科大学呼吸器内科故石井芳樹先生たちの仲間と「NPO法人女性呼吸器疾患研究機構」を立ち上げ、月経随伴性気胸の治療法の研究や、女性肺がんの遺伝子研究などを開始しました。同時に肺がんの外科治療に限界を感じた私は、他施設に先駆けて陽子線治療を開始した「総合南東北病院」に移り、そこで当時の最新の肺がん放射線療法と薬物療法について学び、当NPO法人の市民公開講座で「肺がん最新低侵襲療法」などに関する多数の講演をさせていただきました。2019年新型コロナの感染拡大以降は講演を中止し、「東京クリニック」の呼吸器外来で、現在までNPO活動を実践しています。
恩師二人の共通点はフレキシビリティです。当初、肺全摘術や乳房全摘術などの大きな手術を難なく施行されていた成毛先生がまさか機能を温存する低侵襲な手術を目指すとは思っていませんでしたし、手術の鬼と言われた羽田先生が積極的に化学療法を取り入れるとは考えもしませんでした。しかし、成毛先生は外科治療の未来を見据えて、常に最先端の呼吸器外科手術を模索されていましたし、羽田先生はドイツで始めたリンパ流路の研究や、解剖学者との共同研究から、さらなる手術術式の開発、さらにはその先のがんの転移の制御まで考えた戦略を考え実践されていました。若輩ながら私もお二人に倣ってフレキシブルに他科の治療、最先端の治療を学ぶようになり、現在まで女性呼吸器疾患の最新治療を追及し続けています。
今日、AIやロボットを活用した低侵襲手術や診断の高度化が進んでいますが、肺がん治療においては光免疫療法が実用化され、個別化医療(ゲノム医療・分子標的薬)、免疫チェックポイント阻害剤、がんワクチン、遺伝子治療など、正常細胞へのダメージを抑えつつ、個別の患者さんに最適化した「早期発見・診断」と「ピンポイント治療」が主流となってきています。今後、がん細胞だけを狙って破壊する光免疫療法、患者自身の免疫力を利用する免疫療法(がんウイルス療法・マックトリガーなど)、ピンポイント照射で副作用を抑える重粒子線・陽子線・BNCT治療、そして遺伝子情報に基づいて個別化するプレシジョンメディシン(NGS診断)などが次々に開発され、女性に優しい低侵襲な治療が広く行われていくことになります。
この時代に、外科を専門にしている医師が手術のみで生き残っていくことは並大抵のことではないように思えます。実際に人口減少と医師の偏在による地域医療の現状において、われわれ医師は外科だけではなく、様々な科の診療に携わっています。医師であるからにはやったことがないや知らないでは許されません。幸い、呼吸器外科は「直美」に象徴される美容外科のような教育体制になっていないことが救いです。将来、加速している予測不可能な医療の変化や医学の発展と進歩に対し、われわれ医師は幅広い視野とフレキシブルな感覚を持って、診療科の壁を越えて活躍していくことが求められていると思っています。それがひいては女性呼吸器疾患の治療に寄与することになると信じています。